2008年4月22日火曜日

Mesquita (1998)

Mesquita, A. L. (1998). On conceptual obstacles linked with external representation. in geometry. Journal of Mathematical Behavior, 17 (2), 183-195.

短く,読みやすい非常に良い論文でした.著者は,フランス・ストラスブールの Duval らの研究グループの一員です.幾何,特に図形についての研究を主に進めてきた方です.研究の内容は大まかに知っていましたが,論文をあまり深く読んだことはありませんでした(おそらく一本ぐらいはあるけど,忘れてしまった).今回はひょんなことから読むことになりました.

論文では,図形・図の機能と役割について非常にうまくまとめられています.新しいものはあまりなく,レビュー的要素が強いですが,図形について日頃思っていることを,いい言葉を導入し,うまく説明しています.表現 (representation) に関する研究では,Duval の register の概念を用いるといろいろなことを非常にうまく説明できます.しかし,この論文では,それとはまた少し異なった視点,心理的・文化的な視点にも焦点を当てています.以下,簡単に,特に用いられている用語に注目して,内容を紹介します.

1. 「幾何学的空間 (geometrical space)」と「表象的空間 (representative space)」
前者は,幾何的な,抽象的な,幾何対象が存在する空間.後者は,われわれの表現(表象)や感覚の枠組みとなる空間(紙上や現実の空間など)である.この区分は,今日的には,数学教育関係者はみな知っていることと思いますが,これらはポアンカレの『科学と仮説』で論じられているそうです.つまり,私はこの本をちゃんと読んでいなかったということです.

2. 表現の典型性
認知心理学の研究を援用し,図的表現には典型性があることを示しています.つまり,数学的にはほぼ同値であっても,典型的な (typical) 図や原型的な (prototypical) 図が存在し,人間がそれ以外の図を認識しづらいことがあるということです.これもよく知られたことだと思いますが,そのベースを教えてくれます.

3. 表現の役割
描写的 (descriptive) 役割と発見的 (heuristical) 役割が紹介されています.まあよく知られたことです.

4. 表現の本性
表現の扱いの点からすると,表現は「対象 (object)」と「イラスト (illustration)」に分けられるとします.前者は,その表現自体を幾何的な推論に利用できたり,新たな関係・性質を得たりすることができる表現です.後者は,それらができないものです.例えば,ある幾何学的な対象をある程度の形は示しているが,角度や長さなどがいい加減に示されている図(正方形が台形のように描かれている図など)が,イラストにあたります.
この区分については,これまであまり考えたことがなかったですが,非常に面白いです.前者と後者は,両方とも図的表現ですが,register (Duval の意味で)として異なります.実際,使える操作が違います.さらに,register では,図的 register の要素の議論がありますが,この場合は,長さと角が異なる程度で非常に似た要素を持ちますが,register としては大きく異なるのです.
なお,学校現場でもこの性質を利用する場面がたまにみられます.図に頼らせないために,生徒に上の意味での「イラスト」を与えることがあります.これは,問題を解くために図的な register を使わせないようにしていると説明できます.

以上です.

この論文は本当に読みやすく,かつ図的表現に関する基礎的なものが沢山出てきますので,修士課程の院生などが勉強するのに良いのではないでしょうか.

追記:私は,representation の訳として「表現」という言葉をよく使いますが,「表象」などとも訳されたりすることもあるようです.私は,「表象」というとなんとなく難しそうなので基本的に使いません,私にとっての,representation とは,何か抽象的なものを示すために,人間の感覚(視覚や聴覚など)によって認識できるように利用された「もの」です.記号や図をはじめ,ジェスチャー,絵画などなど,すべて「表現」になります.

2008年4月20日日曜日

Artigue & Houdement (2007)

Artigue, M. & Houdement, C. (2007). Problem solving in France: didactic and curricular perspectives. ZDM, 39, 365-382.

ZDM の 2007 年 39 巻は問題解決 (Problem solving) の特集でした.世界各国の問題解決の研究と実践に関する現状が報告されています.この論文はフランスの場合を紹介したものです.日本の場合は,日野先生により報告されています.

まずこの論文に関心を持った理由は,フランス関係の論文ということもありますが,それよりも「フランスにおける問題解決」というタイトルでした.そもそもフランスには「問題解決」という語はありません.resolution de probleme という表現はありますが,「問題を解くこと」しか意味しません.さらに,フランスでは日本のいわゆる「問題解決」と似た問題意識はありますが,数学教授学の研究の枠組みでは,それに特別な名称がついて扱われることはありません.では,いわゆる「問題解決」は,数学教授学もしくはフランスの数学教育の視座からすれば,どのように捉えられるのでしょうか?この問いは,実は私が非常に関心を持って取り組んでいる問いなのです(仕事の合間に).この論文には,この問いへの示唆が大変多くみられます.

では,論文の内容を簡単に紹介しましょう.論文では,いわゆる「問題解決」がフランスでいかに扱われてきたのか,数学教授学の研究とフランスのカリキュラム等の実践のそれぞれの視点から,述べられています.前者に関しては,教授学的状況理論 (TDS),人間学理論 (ATD),そして Vergnaud の概念フィールドにおける,問題 (problem) の位置付けなどを示しています.これらの理論では,問題が常に理論の中心に位置付けられることが述べられています.このことは,Vergnaud の「問題は知識の源である (the problem is a source of knowledge)」という言葉にもよくあらわれていると思います.

一方,後者の視点である実践やフランスの学習指導要領においては,「問題解決」という言葉は用いられませんが,70年代後半あたりからわが国と非常に似た活動がなされてきました.例えば,1978 年の学習指導要領では,situation-probleme (問題状況もしくは問題場面)という語が用いられています.これは,複数の解答が可能なオープンな問題や現実の問題を利用するものです.そして,それ以降も,situation-probleme やわが国で言われるいわゆる数学的活動,数学的思考を重視した数学教育が進められてきたことが,この論文からわかります.

この論文で特に面白かった点が2点あります.一点目は,フランスにおける数学教授学の研究と数学教育の実践もしくは実践研究 (action-research) の連携がいかになされてきたか示されているところです.これまで,フランスの実践研究の報告をあまり読んだことがなかったからというのもありますが,思っていた以上に連携が図られていることがわかります.

二点目は,オープンな問題と situation-probleme の違いです.これは,実は最近これだけをテーマに論文を書こうと思っていたものでした.論文で示されている違いは,オープンな問題に対する捉え方が若干異なりますが,私の考えとほぼ同じで嬉しくなりました.この点がまとめられている部分を引用しましょう.

「このように,オープンな問題と problem-situations は,同じ教育的な目的を持つわけではなく,同じように扱われるわけではない.problem-situations においては,目標とされることは,生徒による新たな数学知識の構築であり,TDS とTool-object 相互作用 の影響は明らかである.オープンな問題においては,重要なのは過程である.つまり試行と探究から証明までの数学的活動の様々な側面を含む研究経験である」(p. 373)

この他にも特筆すべきことは,色々あるのですが,長くなるのでここまでにします.

今回の論文は厳密な意味での研究論文ではないので,わかりやすいということもありましたが,アルティーグ先生の論文はいつも非常に明快で大変読みやすい.もう一本最近読んだ論文があるのですが,そちらも大変読みやすく,かつ大変面白かったです.近いうちに,そちらの感想も書き込まねばと思っています.