2020年12月4日金曜日

Proust (2019): 4000年前の数学教育

この論文は,2018年に開催されたリソース関連の国際会議 Re(s)source 2018 の基調講演の内容をまとめたもので,4000年前の古代メソポタミアにおける数学教育を紹介しています.驚くことも多く,大変面白かったです.オススメです.以下に面白かった点をあげます.

  • 古代メソポタミアには学校 (scribal school) があり,そこで使われていた粘土板が沢山残っているそうです.特にニップル (Nippur) という場所で,数学のものも沢山あるようです.
  • そこでの数学教育には,初級,中級,上級の3段階が確認できるようです.量(主に長さや面積,重さなどの連続量)と数を別に扱い,それらに関する計算や問題の解決が学習内容だったそうです.
  • 数はくさび形文字を用いて60進法で表記していたそうです.60進法は位取り記数法を使っているけれども,0がないため,下の位が0のときは,上の位だけを書き,その記号は下の位のものと区別がつかないそうです.例えば,2'00 と 0'02 が同じ記号になります.ただ,それでも不便ではなかったようです.
  • 計算のためには量を数に変換して,数で計算し,さらにそれを量に戻すのだそうです.量から数への変換は,イメージとしては,尺貫法のようなもので示された複数の量を一貫した数に変換するようなものです.
  • 足し算と引き算は,数学では掛け算と割り算より後に学習するそうです.離散量の足し算と引き算は,数学での指導内容ではなく,「会計 (accounting)」で学習するとのことでした.さらに,数学での足し算や引き算は,上級レベルの二次方程式的な問題の辺りで出てくるようです.例えば,長方形の縦と横の長さの和とその面積がわかっているときに,縦と横の長さをそれぞれ求める問題です.
  • 初級レベルは量のリストや数や掛け算の表などの暗記が中心で,問題を解くのは中級辺りからだそうです.難しい問題を扱う上級レベルになると,スパイラル型の指導順序になっているそうです.

4000年も昔から数学をいかに教えるのかという検討がなされていたことがよくわかります.教える・学ぶという営みは,食べる,寝るなどと同様,人間の基本的な営みであり,教える内容(ここでは数学)が存在して以来,存在するものということが再確認できました.

また,この論文の著者は長いことメソポタミアの数学を研究してきた数学史の研究者です(明治図書の数学教育に記事を発見しました).以前,昔の教科書など当時の数学教育を通して,そのときの数学の発展を知るというのは数学史研究の一つのアプローチになるということを別の数学史の研究者から聞きましたが,その意味についても改めてわかった気がしました.

あと,古代メソポタミアの粘土板は,Cuneiform Digital Library Initiative (CDLI) が電子アーカイブ (https://cdli.ucla.edu/) を作っており,多くがネットで参照できるようです.

Proust, C. (2019). How Did Mathematics Masters Work Four Thousand Years Ago? Curricula and Progressions in Mesopotamia. In L. Trouche, G. Gueudet, & B. Pepin (Eds.), The 'Resource' Approach to Mathematics Education (pp. 61-88). Cham: Springer.