2021年9月20日月曜日

シェマ、スキーマ、シェーム(or シェム)、スキームの違い (Part 3)

以前よりピアジェ理論における schème の日本語訳やその解釈が奇妙であることを指摘してきました。そう、特に「シェマ」という訳語です。以下のリンクから以前の記事をご覧ください。

今回、ピアジェ理論の schème をスキーマやシェマではなく、フランス語の発音に近く「シェム」と訳している以下の文献を発見しました。

中垣啓 (2007). ピアジェに学ぶ認知発達の科学.北大路書房.

興味深いことに、この文献では、私が以前に指摘していたピアジェ理論の英語訳による英米や日本での訳語の混乱について触れられています (p. 19)。フランス語の schème と schéma が混同されているという話です。備忘録としてその内容を簡単に書き留めておきたいと思います。

この書籍は英米版ピアジェ理論ではなく、ピアジェ版ピアジェ理論を日本に伝えることが意図されているようです。英米版ピアジェ理論がフランスで話題になるピアジェ理論と随分異なるというのは私もよく感じるところでしたので、この書籍に目を引かれました。

シェマやスキームなどの言葉については、ピアジェが schème と schéma を使い分けているとありました (p. 19)。フランス語の視点からすれば、単語として異なるので当たり前のようにも思いますが、興味深い点は、この日本語書籍の英語原本(ピアジェの仏語論文を英訳したとのことです)では schème を scheme, schéma を schema と訳しているところです。英語では、schème の訳語がシェマもしくはスキーマに相当する schema(もしくは複数形の schemata)に統一されてきたわけではなく、混乱もしくは議論があったことがうかがい知れます。

一方、この書籍の英語版の英訳者も schème のみならず schéma も専門用語のように解釈しています (p. 16)。この書籍のピアジェ自身が書いた論文の部分を見てみると、schéma の語は記憶についての議論 (p. 108) のところで少し出てきます。そこでは、単純化されたイメージに対してこの語を用いるとされています。これはまさに図式という仏語の日常語とほとんど同じ意味です。さらに、この書籍では全体を通して schème が中心的に議論されているところから、schème が理論的な中心概念であり、schéma は専門用語というよりは理論を説明するために補助的に使われた日常の概念という感じがします。そうであれば,schéma の英語訳は schema ではなく diagram などとすればよりわかりやすく誤解が少なかったのかな,などと思いました。

ホント、こういう翻訳は難しいですね。

なお、最後に揚げ足取りのようですが、この書籍における「シェム」という日本語訳、フランス語的には少し微妙な感じです。schème をフランス語の読み方にならってカタカナにするのであれば、「シェーム」の方が適切ではないでしょうか。「シェム」だと、schéme という感じになります。すなわち、eのアクセントの方向が逆になってしまうのです。éはアクサンテギュっていって少しはっきりとした「エ」になりますが、èはアクサングラーブといって少し弱い感じですので、カタカナにすると「エー」という表記の方がその雰囲気が出ているように思います。西洋の外国語を日本語にするというのは難しいですね(何か意図があって「シェム」にしたのかもしれませんが…)。ちなみに、ネットで調べると「シェーム」という言葉を使っているのはこのブログぐらいしかなさそうです。

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